日盲社協通信 平成30年(2018年)4月号(通巻76号)

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日盲社協通信 平成30年(2018年)4月号(通巻76号)
編集人:福山博   発行人:髙橋秀治
発行所:社会福祉法人 日本盲人社会福祉施設協議会(日盲社協)
National Council of the Agencies of the Welfare for the Blind (NCAWB)
http://www.ncawb.org/

もくじ
仕事の広がりについて 理事長 髙橋秀治
 下関市福祉あはき施術助成事業の危機! 常務理事 舛尾政美
 日盲社協の立ち位置 常務理事 長岡雄一
 <下関大会> 多くの皆さまのご来訪をお待ちしています 山口県盲人福祉協会理事長舛尾政美
 (誌上慶祝会)指田忠司さんの塙保己一大賞受賞を祝す 日本点字図書館館長 長岡英司
 210人の盲学生を支えた奨学金 ―― 「聖明・朝日奨学金制度50周年」によせて 視覚障害者支援総合センター 前理事長 高橋實
 日本盲導犬協会が吉川英治文化賞を受賞 理事長 髙橋秀治
 全盲老連と共に歩み続けた50年 ―― 感謝のうちに理事長を辞す全国盲老人福祉施設連絡協議会名誉会長 本間昭雄
 平成29年度音訳指導員講習会 音訳指導員研修委員会委員長 高橋三智世
 京都市での生活施設部会研修会 生活施設部会長 茂木幹央
 平成29年度自立支援施設部会職員研修会 “医療と福祉の連携を更に進めよう!!”自立支援施設部会長 山下文明
 「ビジョンパーク」ってどんなとこ? 『日盲社協通信』編集部
 点字出版部会職員研修会 in オリセン 点字出版部会副部会長 福山博
 <訃報>木塚泰弘氏を偲んで 日本点字委員会副会長 金子昭
 木塚泰弘先生のご逝去を悼む 元日本ライトハウス常務理事 加藤俊和
 東京の方も、他県の方も春のスタート・ダッシュは日盲社協レッツゴー事業所から 日盲社協レッツゴー事業所施設長 菅原俊信
 「言う吉くん」Walletを通してCSR活動を開始 ―― システムイオ 株式会社システムイオ 清水康弘
 一般校で学ぶ盲児たちは今! 京都ライトハウス情報ステーション 野々村好三
 マラケシュ条約と読書バリアフリー 筑波大学附属視覚特別支援学校教諭 宇野和博
 日盲社協事務局だより/編集後記
 サイトワールド2018

    仕事の広がりについて
    理事長 髙橋秀治
 韓国平昌(ぴょんちゃん)での冬季パラリンピックは終わりましたが、近年パラ大会への注目度が高まり、力のある選手に助成金が支給されるなど、国の支援体制も改善しています。そこで2年後の東京パラリンピックを目標に、全力で練習に励んでいる選手も増えているようです。
 仕事にも一定の目標がありますが、それを承知していながら現実には目標に近づけないこともあり、冷や汗をかくことになります。たとえば、日盲社協が手がけている三つの事業を今後どう展開していくか、いま注目されているところです。
 日盲社協会館の1~3階にある盲人ホーム杉(さん)光園(こうえん)は、あはき師の免許を持つ人の自立更生の場ですが、これまではなかなかバランスの取れた業務体系がとれませんでした。しかも本来は、資格を持った人たちがさらに技術を磨いて独り立ちすることが目標ですが、これもスムーズに進みませんでした。しかし、ここ3年ほどの間にその目標に沿う指導者を確保し、あん摩・はり・きゅうの力を身に付けさせて、独立開業させたり、治療所に就職させるなど自立させることができるようになりました。全国には盲人ホームがたくさんありますので、それらの施設とも連絡を取りあい、患者に喜ばれるあはき施術者の養成を進めたいと考えています。
 次に、同会館の4階にあるレッツゴー事業所ですが、新設された「同行援護」という視覚障害者への「外出時の移動の介護、排せつ及び食事等の介護その他の外出に必要な援助」と規定されるサービスを行う部門です。これは新しいだけに競争の激しい事業ですが、手がけてみる価値はあるとみて進めてきましたが、なかなか順調には行きません。
 始めてから3年が過ぎましたが、このまま進めるとすればどう展開するのが正しいのか、現在、苦慮しているところです。
 三つ目は、昨年、東京都から民間移譲された東京視覚障害者生活支援センターですが、これは長岡雄一所長の手堅い運営により順調に動いています。ただ、これからは建物の建て替えなどの大きな仕事が待ちかまえており、気が抜けません。
 このほか最近注目されているのが、「マラケシュ条約」と「読書バリアフリー法」の制定です(20ページ参照)。
 行政は何らかの形で取り入れる意向があり、全盲の場合は点字や読み上げソフトの利用が考えられ、弱視の場合は拡大図書などが検討されているようです。
 ただ、それらの書籍を配布する点字図書館等は、まだはっきりした扱い方が決まっておらず、行政の意向と摺り合わせながらまとめて行く必要がありそうです。いずれ情報サービス部会の皆さんも忙しくなることでしょう。
 これからも各部会同士で共通の問題が出たときは、じっくり話し合いができるような習慣を身に付けて行きたいものです。

    下関市福祉あはき施術助成事業の危機!
    常務理事 舛尾政美
 山口県の我が法人は昭和24年の発足以来、視覚障害者の福祉増進を進めて今日約20の事業を行っているが、昭和62年開苑の養護盲老人ホーム春光苑が、国の在宅優先の方針と市や町の強い措置控えで経営が非常に困難になっている。昨年から外部サービス利用型特定施設入居者生活介護事業所に力を入れると共に、これと身体障害者グループホームとその付帯事業を合わせて行うことによって何とか改善を図っている。
 しかし、こうした事業と共に法人が力を入れている視覚障害者のためのあはき関係事業が、このたび突然危機に瀕することになった。下関市の福祉あはき施術費補助事業はこの4月から大きく変更され、来年4月に全面的に廃止すると発表されたのだ。
 詳しくいえば2月21日、私が会長をしている下関市あはき保険師会の事務所に下関市福祉事務所の次長ほか4名が来て、私と事務局長が対応した。そして協定書を変えたいと彼らは次のような趣旨を述べた。
 1.下関市は財政が非常に厳しい状態になっているので4月から月10回の施術回数を月4回に変更する。
 2.あはきの施術費助成事業が医療費の減額につながっていないと思われる。
 3.あはきの効果に疑問がある。
 私は個人的には納得できないとして反対意見を述べ、正式には機関にはかって後日回答する旨伝えた。
 下関市と当方の福祉あはき施術費助成事業は昭和34年に始まり、今日まで約60年続いているものだが、これを平成31年4月に全面的に廃止されればその影響は深刻だ。「保険取扱」といっても我々の保険師会はほとんどが視覚障害者で、社会保険やいわゆる政府管掌の保険の取り扱いが事務的に困難で、大部分の会員は市の福祉事業に頼っている。これが大きく変更され、さらに廃止されれば生活に直接大きな影響が及ぶことになる。しかもこの事業によって健康増進、肩や腰の痛み、関節の痛みなどをあはきによって軽減されてきた患者のことも心配される。
 さらに下関市の福祉事業が廃止となれば、県内の他の市や町が行っている同様の事業が廃止され、これが全国に波及することも考えられるので、我々は座して放置はできないのである。
 早速理事会にはかり、総会にかけてまず3月2日の午後3時から前田(まえだ)晋太郎(しんたろう)市長に直接会って陳情し、5日に安倍晋三先生の下関事務所に相談、6日公明党市議団に陳情、16日下関市文教厚生委員長に陳情、こうした市長並びに市議に対する陳情もなかなか効果は確認できない中で23日テレビ中継で文教厚生委員会で協議の様子が確認でき、結果は27日議会の最終日に発表されることが分かった。このたびのことは、今日の福祉の流れとも関連しており簡単には改善できないが、我が法人は、強い覚悟をもって対応するつもりである。(山口県盲人福祉協会理事長)

    日盲社協の立ち位置
    常務理事 長岡雄一
 社会福祉法人改革による定款変更。定款に係る様々な規程類の変更。施設の民間移譲。そして、総合支援法の改定。ここ1~2年の間に次々と、日盲社協や会員施設にかかわる事象が起きてきました。どれをとっても、施設経営に直結する非常に重要な問題であり、決して手を抜くことができないものです。
 それぞれの法人や施設、事業所では、この難関にどう取り組まれてきたのでしょう。もちろん、定款変更にしても、支援法の改定にしても、突然姿を現したわけではなく(報酬単価については突然という感じはしないでもありませんが)、以前からそれなりの情報はあちこちから入ってきてはいますが、より具現化する段階になると、行政からの説明だけでは、なかなか理解できにくい部分もあり、理解するためにインターネットに頼ってみたり、知り合いに聞いてみたりといった行動を取らざるを得なくなります。
 支援法関係では、視覚障害という障害の特性などもあって、他のケースと同様に論じられない場合もあり、そんな時の助け舟を探すことに、苦労する場合も少なくありません。私自身のことで言えば、東京視覚障害者生活支援センターの民間移譲などは初めての経験で、たとえば、民間移譲に伴い、支援法の事業所指定を新たに取り直すなどということは、想像だにしていなかったことでした。もちろん、このケースでは、行政もかなりの情報提供や支援をしてくださりましたが、やはり行政の目とは違った観点からの支援も重要だということも感じていました。
 さて、問題はこれからです。日盲社協は、こんな時、どんな立場に立っていればいいのでしょうか。
 今までも、そしてこれからも常に問われ続けるであろう日盲社協の役割。もちろん、各会員施設は独自の情報獲得手段をお持ちであろうと思います。しかし、前述したように、障害分野の中でも、視覚障害は他の障害の場合とは違った部分を多く持っていることは確かです。
 総合支援法を見ていく上でも、非常に悩む場合がありますし、「これは、視覚障害には当てはまらないのでは?」と疑問に思うことも少なからずあります。そんな時、ただ行政に疑問をぶつけるだけではなく、そして疑問をそのままにせず、改善点を指摘していく上でも、「視覚障害」という共通項を持った者同士が情報交換していくことは、非常に重要なことです。
 日盲社協を取り巻く状況は、刻一刻と変化しています。この状況への対応を怠ることは、結局のところ視覚障害当事者にとって、大きな不利益であることを、私達はもっと自戒し、適切な対応策を形にしなくてはと思います。(東京視覚障害者生活支援センター所長)

    <下関大会>多くの皆さまのご来訪をお待ちしています
    山口県盲人福祉協会理事長 舛尾政美
 第66回全国盲人福祉施設大会(下関大会)を、平成30年6月21・22の両日、本州の最西端に位置する山口県下関市において開催することになりました。
 下関市は、関門(かんもん)海峡、周防灘(すおうなだ)、響灘(ひびきなだ)と三方が海に開かれた自然と文化に恵まれた歴史のまちです。日本が武家社会へ転換する契機となった宮本武蔵と佐々木小次郎の「巌流島(がんりゅうじま)(船(ふな)島(しま))の決闘」や「源平壇ノ浦の合戦」、明治への大きな転換期「下関四国艦隊砲撃事件(下関戦争)」が起こるなど、日本の歴史の節目に下関が登場してきました。
 今年は明治150年で、これを機に下関では幕末の志士坂本(さかもと)龍馬(りょうま)や奇兵隊を結成した高杉(たかすぎ)晋作(しんさく)など、下関の地で繰り広げられた多くの人物の歴史物語を発信します。
 また、会場となる「下関グランドホテル」に隣接する唐戸(からと)市場(いちば)では、平日早朝から競りが行われ、午前4時から早朝に揚がったばかりの新鮮な魚介が並びます。
 隣接するレストランや土産物店が立ち並ぶシーサイドモール「カモンワーフ」では、河豚(ふく)・雲丹(うに)・鯨(くじら)・鮟鱇(あんこう)など、下関ならではのお土産や多くの海の幸が満喫できますので、ぜひ足をお運びください。
 人口約27万人ながら、年間600万人を超える観光客が訪れるまち下関にどうぞおいでてください。
 心からお待ちしています。
    会場:下関グランドホテル
〒750-0006山口県下関市南部町(なべちょう)31-2
 TEL:083-231-5000(代表)
 交通:JR新下関駅からサンデン交通バスで唐戸方面行に乗車して約30分「唐戸(からと)」バス停留所で下車して、徒歩1分。

    日程
 6月21日(木)
12:00~13:00 受付
13:00~13:10 開会式・オリエンテーション
13:10~16:30 研修会
16:40~17:40 事業部会(5部会)
18:00~20:00 交流会
 6月22日(金)
09:00~10:30 講演・受賞者懇談会
10:45~12:00 式典(表彰・来賓祝辞等)
 主管施設:(社福)山口県盲人福祉協会
 〒750-0032山口県下関市関西町1-10
 TEL:083-231-7114  FAX:083-231-8097

    誌上慶祝会
    指田忠司さんの塙保己一大賞受賞を祝す
    日本点字図書館館長 長岡英司
 昨年12月16日に埼玉県の本庄市児玉文化会館(セルディ)で、同県主催の第11回塙保己一賞の表彰式が行われました。
 全国を対象に受賞者が選考されるこの賞で今回の大賞を受賞したのが、障害者職業総合センターの特別研究員で、日本盲人福祉委員会の常務理事を務めている、指田忠司さん(65歳、全盲)です。
 指田さんは、埼玉県立川越高等学校在学中に失明し、盲学校を経て、早稲田大学法学部に進学しました。卒業後、1992年に労働省(現・厚生労働省)所管の障害者職業総合センターの研究員となって以来、長年にわたり、障害者の雇用に関する研究に携わってきました。
 その間の2003年には日本盲人会連合の国際委員会事務局長、翌年には併せて世界盲人連合(WBU)の日本国代表委員に就任しました。さらに2008年から11年には、世界盲人連合アジア太平洋地域協議会(WBUAP)の会長を務め、これは、日本の視覚障害者が初めて国際団体の会長に就任するという快挙でした。また、1994年より『点字毎日』に海外の視覚障害者事情に関するコラムを連載しているほか、2010年に実現したアジア太平洋盲人福祉会議の日本での開催に尽力するなど、視覚障害者の国際理解の増進や文化交流の推進に大きな貢献をしています。
 こうした実績の背景には、指田さんが海外の視覚障害者組織や関係施設に多くの知人を持つことがあり、それはていねいな交流と信頼関係の構築を大切にしてきたご自身の生き方によるものといえます。
 こうした多彩な功績が評価され栄えある賞を受けた指田さんは、当日の受賞者挨拶で「塙保己一先生の存在は失明後の人生の支えとなっています」と、喜びと感謝の気持ちを語りました。今後ますますのご活躍を大いに期待いたします。

    210人の盲学生を支えた奨学金
    ―― 「聖明・朝日奨学金制度50周年」によせて ――
    日盲社協参与・視覚障害者支援総合センター前理事長 高橋實
 東京都青梅市の聖明福祉協会は、来たる5月19日「聖明・朝日盲大学生奨学金制度発足50周年記念式典」を行います。昨年まで、私は奨学生の公募と推薦を行う側として参加してきましたが、今回は半世紀もの長い間延べ210人の盲学生に奨学金を貸与して、学生の「夢」、「意欲」、「気力」を支えてくださったことに対する感謝の思いで出席させていただきます。
 事情はともあれ、これまで盲学生を対象にした全国規模の制度は、給付にしろ貸与にしろ5団体ありましたが、今は聖明・朝日奨学金制度しかありません。
 私は1954年に日本大学に進学したのですが、その前に「進学の心構え」を、知りたいと先輩を訪ねました。先輩曰く「首都圏の生活は金がかかり盲学生には厳しい。門戸は開放されたが、名ばかりでおじゃま虫扱いだ。大学は、講義にさえ出ておれば卒業はできるが、アルバイトにも限界があり、経済的な事情でUターンする人が多い。君は理療の資格もないのだから、きちっと生活設計を立てていかなければ・・・」と、言われました。
 進学してみると周りの盲大学生は講義、対面朗読、アルバイトに大忙しで確かに学業半ばで断念する人もいました。それに加えて、就職浪人等の風評が重なり、新入盲大学生は激減して、日本盲大学生会は自然消滅してしました。
 これらを解決しなければ盲人の未来はないとして、立ち上がったのが1961年の文月(ふみづき)会(かい)(日本盲人福祉研究会)でした。
 文月会は職域の開拓こそが、盲人の大学進学を促進することだとして、国に対する陳情や、国会に対して請願署名を繰り返し提出して世論を喚起し、実現しました。
 一方、経済的支援では日本育英会(現・日本学生支援機構)に対し、「盲大学生の優先貸与」を要望して、認められました。また、大学進学に好意的だった鳥居(とりい)篤治郎(とくじろう)先生が、日本盲人福祉委員会の理事長に就任されたおり、「盲大学生奨学金制度を設けるよう」要望書を提出しました。鳥居先生は申し訳なさそうに私に、「説明不足もあってか、エリート集団のような盲人に力を貸せない、として否決された」と言われた時には、腹立たしくさえ思いました。
 大ショックの中で、1969年当時文月会の監事だった本間昭雄先生から、「聖明福祉協会創立15周年を記念して奨学生制度を創設したいので、毎年若干名を公募・推薦して欲しい」という提案がなされ、一瞬耳を疑ったことでした。
 喜んで選考委員会を設けて、以来、毎年4、5人に絞り込み、応募した学生の希望などを聞きながら、大半の学生の推薦文を書いてきました。
 改めて貸与学生の名簿を見ると驚きです。石川(いしかわ)准(じゅん)、指田忠司、竹下(たけした)義樹(よしき)、生井(なまい)良一(りょういち)、福島(ふくしま)智(さとし)さんら、数え上げればキリがないほどの人達が、盲界に限らず日本をリードしています。正直推薦文を書いている時、このような名士に皆さんがなるとは思いもしませんでした。奨学金をバネに、努力された結果であることは、間違いありませんが、このような制度を発想し50年間続けてこられた本間昭雄理事長をはじめ、関係者に幾重にもお礼を申し上げ、奨学金制度以上に私が素晴らしい仕事に関わらせていただいたことを付け加えて、感謝の言葉に代えさせていただきます。

    日本盲導犬協会が吉川英治文化賞を受賞
    理事長 髙橋秀治
 3月1日、「吉川英治国民文化振興会」では吉川英治賞の選考がおこなわれ、第52回の吉川英治文化賞に公益財団法人日本(にっぽん)盲導犬協会(井上(いのうえ)幸彦(ゆきひこ)理事長)を満場一致で選出しました。
 この通知を受けた日本盲導犬協会では、昨年創立50周年を迎えてこれまでの活動が大きく認められたと受け取り、喜びに包まれました。
 日本盲導犬協会は1967年8月10日に財団法人の設立を認可されて以来、昨年東京で開催した創立50周年記念式典を開催するまで、「ひたむきに視覚障害の方に寄り添う」という気持ちを強く持ち続けてきました。そして、次の新たな時代に歩み出したばかりの中での今回の受賞、日本盲導犬協会は、眼の見えない人、見えにくい人たちと共に向き合いながら、盲導犬利用が皆さんの眼となり力となって、「一人ひとりが協会事業の意義を深く理解し、掲げた志の火を消すことなく業務に邁進して行くことをお約束したい」と、新しい視線でこれからの事業の展望を語っています。
 この喜びは協会の職員だけでなく、盲導犬と共に生活している多くの利用者からも次のような喜びの声が寄せられています。
 「卑屈だった私を世界に解放してくれた」
 「忘れていた笑顔を取り返した」
 「思ったところへ自由に出かけられる喜びが得られた」
 このように「ひたむきに視覚障害の方に寄り添う」という職員の思いと、「社会の中で自由な活動を妨げる障害を乗り越え、理屈抜きに差別の垣根を低くしていく利用者」という二つの思いを、これからも盲導犬を通して文化や社会参加へつないで行きたいという思いと熱意が私たちに響いてきます。
 今回の受賞を機会に、盲導犬利用の皆さんがさらに生活を広げ、社会の人たちの理解を得て、いわゆる「共生化社会」の実現にどれだけ迫って行けるか、これからの盲導犬を軸とした事業が期待されます。
 なお、第52回吉川英治文化賞贈呈式は、4月11日に帝国ホテルで開催されました。

    全盲老連と共に歩み続けた50年
    ―― 感謝のうちに理事長を辞す ――
    日盲社協名誉会長・全国盲老人福祉施設連絡協議会 名誉会長本間昭雄
 今から60数年前、家庭訪問事業を始めました。その中で視覚障害者が老後について不安を感じていることが心に残りました。そこで、今でいう在宅サービスの先駆けを始めました。ちょうど高齢化社会を迎え、それが大きな社会問題として毎日のように新聞紙上を賑わせていました。
 昭和36年に壺阪寺境内に慈母園が誕生しました。昭和39年に聖明園が誕生し、翌40年第二聖明園が開園し、続いて広島県に白滝園が誕生しました。3法人4施設が協議を重ね当時の厚生省との窓口として、全国盲老人福祉施設連絡協議会(全盲老連)を立ち上げました。わずか4施設にも関わらず全国という冠を付けたのは、必ずや将来全国各都道府県に一施設は設置され、全盲老連が盲老人福祉の拠点となる時期が必ず来ると信じたからです。
 厚生省の初代老人福祉専門官の森(もり)幹郎(みきお)さんは、盲老人ホームの設置には否定的でした。しかしながら、昭和40年代には全国に47施設が次々と設置されました。森さんは、この現実を直視し「理論ではなく、現実問題として全国に設置される現実を見るとき、そのニーズが強いことを認めなければならない。私は若かった」と述懐されました。
 なぜ分離して専門の施設を作る必要があるのかと問われた時、専門性を持った知識と技術を兼ね備えた職員の配置がなされていることを強調しなければなりません。積み重ねて来た実態調査の中で、一般施設では精神的な安定が得られなかったという事実があります。それは今日でいう虐待に通ずるものだったのです。
 専門施設の職員は視覚障害に対する知識と技術を学び、安心・安全な老後の実現に積極的に取り組んでいるのです。これは、私が常に職員の職種別研修会を最も大切な事業の柱としてきた所以なのです。利用者の明るく楽しい豊かな老後を実現するには一般の老人ホームより職員の配置が必要であり、そのことを調査によるデータを基に厚生省と協議したことも懐かしい思い出で、今日の配置基準に繋がったのです。これは行政側の理解と共に会員施設の熱心な実践と結束によるものだといえます。今年は創立50周年を迎える事が出来ました。
 私も齢90歳を迎えるに当たり理事長職を辞することとなり、良き後継者を得られたことは限りない感謝であります。初期の願いだった「全国各都道府県に一施設を」という目標がほぼ達成できたことに満足せずにはいられません。

    平成29年度音訳指導員講習会(指導員認定講習会)
    音訳指導員研修委員会委員長 高橋三智世
 11月15日(水)から17日(金)まで、玉水記念会館(大阪市西区江戸堀一丁目10-31)において「平成29年度(第36回)音訳指導員講習会」(第14回指導員認定講習会)を行った。
 認定選考においては、はじめて最終日に認定試験を実施した。全国から106名の申込みの内、課題審査に合格した49施設94名の参加での開催となった。
 講義内容と講師(敬称略)は以下の通り。
①「視覚障害者福祉概論」講師:東泰江
 音声による情報を提供する側と利用する側の両方の立場から、情報提供者としての活動に不可欠である視覚障害等級や障害のとらえ方等を講義した。
②「ボランティア養成概論」講師:小林妙子
 全視情協カリキュラムアンケート結果も踏まえながら、音訳者養成におけるカリキュラムの内容を説明、伝わる「録音図書」に必要なことはなにかを指導。
③「音声表現技術Ⅰ 声を知る、聴覚を知る」~本物の自分の声を見つけるために~
講師:山﨑広子
 発声のメカニズムから声と聴覚の関係、オーセンティック・ボイスについて、及び自分の声を知るための、実践方法を伝えた。
 第2日目①「音声表現技術Ⅱ 初心者への指導法」講師:恵美三紀子
 書いてあるとおりに読むという音訳の基本事項から、内容が伝わる読みの実践まで、指導法を中心に理解しやすく講義した。
②「音声表現技術Ⅲ 活動中の方への指導法」講師:安田知博
 音訳指導者としての心得や読みの問題点に関する具体的な説明。また、指導法の留意点と具体的な方法について公開レッスンとグループワークを体験させた。
③「処理技術Ⅰ」講師:熊谷成子
 事前アンケート回答を確認しながら、記号・符号について、具体的な事例を交えて処理についての指導法をわかりやすく講義した。
④「処理技術Ⅱ」講師:堀江達朗
 図表を処理するうえで基本となる考え方や方針について、事前アンケートの質問・疑問に回答する形でわかりやすく説明した。
第3日目①「調査技術」講師:苗村昌世
 府立図書館での豊富な経験による実際の調査方法を、府立図書館のサイト、参考資料の一覧などの具体例をあげ効率的に行うためのポイントを示した。
②「校正技術」講師:上野目玲子
 録音資料製作における校正の問題点を校正表の事例を提示し、具体的対策について講義した。
事後アンケートでは、概念から具体的な指導法まで体系的に学べた。音声ジャーナリストによる自分の声について、現職司書による具体的な調査指導、実際の校正表による指導など専門的な講義・演習は持ち帰りすぐに実践できるとの高評価だった。
 講義後の認定試験問題は講習会・マニュアル等から出題。各種「音訳マニュアル」を読み込まれたことで、音訳技術を深く理解でき、指導の自信につながるとの意見もあった。資料のまとめ方、講習会のマイク音量、スクリーンについての会場設備、認定試験での電子機器の利用可否についてなどの意見もあり次回の課題としたい。
 全国で「障害のある人のコミュニケーション支援条例」が広がってきている。視覚障害者の情報を支えることのできる高い音訳スキルと柔軟な考えを持つ音訳指導員の養成が音訳の裾野を広げるため一層重要と思われる。当講習会は、このような現状を見据えながら、充実した指導員養成講習会となるように今後も努力していきたい。
 最後になりましたが、講師のみなさま、施設・ボランティア団体等、講習会委員、そして何より参加された皆さまのご協力があり無事終えることができました。
 感謝申し上げます。今後も、音訳指導員講習会へのご支援よろしくお願いいたします。
(堺市立健康福祉プラザ 視覚・聴覚障害者センター職員)

    京都市での生活施設部会研修会
    生活施設部会長 茂木幹央
 平成29年度の生活施設部会の施設長及び職員研修会は、京都ライトハウス高齢者総合福祉センターライトハウス朱雀(すざく)が当番施設となり平成30年2月2日(金)から3日(土)にかけて開催されました。
 2月2日には、開会式で京都ライトハウスの瀧本(たきもと)章(あきら)理事長からご挨拶をいただき、講演1では京都視覚障害者支援センターの田尻(たじり)彰(あきら)常務理事から「障害者支援施設洛西(らくさい)寮(りょう)の現状と課題」というお話をいただき、講演2では京都ライトハウス情報製作センターの渡辺(わたなべ)昭一(しょういち)所長から「情報製作センターの現状と課題」というお話をいただきました。
 田尻講師のお話は主として盲人の就労に関することであり、また、渡辺講師のお話は主として点字出版所の経営に関することであり、いずれも大変参考になりました。
 一日目の会場は、京都市北区紫野所在の京都ライトハウス本部でしたが大変立派な施設でした。
 夜の交流会は、京都市上京区東堀川通下
長者町所在のホテルルビノ京都堀川という所でしたが、当番施設の皆さまの温かいおもてなしと大変豪華なご馳走とで思い出に残るひと時を過ごすことができました。
 2月3日には、京都市中京区西ノ京新建町所在の高齢者総合福祉センターライトハウス朱雀での伊藤(いとう)康子(やすこ)施設長からのお話と施設見学でした。
 高齢者総合福祉センターライトハウス朱雀は平成28年6月にオープンした5階建ての建物で盲養護老人ホーム、特別養護老人ホーム、ショートステイ、デイサービスセンター、ケアプランセンターの5部門から構成されている近代的な施設です。
 1階から5階まで色々な工夫がされており、関係者が総力をあげて建設した建物であるということがよく伝わってきます。先進施設を見学させていただきありがたく感謝申しあげます。
 なお、今回研修会には15施設より24名の方にご参加いただきました。
 終わりに、平成29年度の生活施設部会施設長及び職員研修会の当番施設をお引き受けいただいた京都ライトハウスの皆さまに、改めて感謝と御礼を申しあげます。

    平成29年度自立支援施設部会職員研修会
    “医療と福祉の連携を更に進めよう!!”
    自立支援施設部会長 山下文明
 本年度自立支援施設部会職員研修会は、スマートサイトの全国的な拡がりを背景に、あらためて「医療と福祉の連携」をテーマに、利用者へのスムーズな医療と福祉のサービス提供体制のあり方について問題点・課題を整理し深めていく事を目的に、神戸臨床研究情報センターにおいて、平成30年2月22日(木)と23日(金)の二日間、17施設33名の参加で開催しました。
 1日目は、部会長からの部会報告の後、神戸アイセンター内に昨秋より開設されたビジョンパークの見学を行いました。参加者のお目当てでもあったこの見学に際しては、運営団体である公益財団法人ネクストビジョン別府(べふ)あかね氏より、ビジョンパーク設立趣旨や経緯、内容についてていねいなお話を伺い、その後じっくりと見学する事ができました。ロービジョン支援の新しいコンセプトとアイデア満載の構造や意匠に大変感銘を受けました。1日目の最後は、事例・取組発表として、日本ライトハウス情報文化センターサービス部長岡田(おかだ)弥(あまね)氏より、「大阪あいねっと」の活動を中心に、医療との連携についての示唆に富んだ実践報告をいただきました。
 2日目は、「医療と福祉の連携」についての講演をいただきました。講演予定だったネクストビジョン常務理事の仲(なか)泊(どまり)聡(さとし)先生のご都合により急遽、高橋(たかはし)政代(まさよ)先生が代役として講演していただくというめったにないサプライズでした。スマートサイトの現状やロービジョン支援における医療サイドからの問題意識などを判りやすくご講演いただきました。また、福祉サイドへの期待として、①重度障害者への支援、②スマートサイトへの積極的なアプローチ、③制度・福祉サービスについての助言、各種訓練の充実、生き甲斐の提供(職業・娯楽・居場所等)を挙げられました。最後の全体会では、医療サイドからの期待を肝に銘じ、まずは自地域でのスマートサイトやロービジョンネットワークへの積極的な参画、福祉サイドとして現状でできることをこれからも議論していく事を確認し、大変有意義な2日間の研修が終わりました。
 まことにありがとうございました。

    「ビジョンパーク」ってどんなとこ?
 神戸市の中心街にある三宮駅からポートライナーに13分ほど乗り、医療センター駅で下車して、徒歩2分にある神戸アイセンターは地上7階建の真新しいビル。
 ここは基礎研究から臨床応用・治療・リハビリを一拠点に集約した日本初の眼科専門施設で、iPS細胞を使って網膜治療に取り組む理化学研究所の網膜再生医療研究開発プロジェクト、先端医療振興財団の細胞培養施設、白内障など標準医療から最先端の高度眼科医療まで高い水準で担う基幹病院を目指すアイセンター病院、それに研究から治療・ロービジョンケア・リハビリ・社会復帰をワンストップでトータルに解決することで、視覚障害者の社会復帰を進める公益社団法人ネクストビジョンがある。これら異なる施設が機能的に水平、垂直に積層し、有機的なつながりを実現しているのが神戸アイセンターである。
 ネクストビジョンが運営する「ビジョンパーク」はアイセンター2階のエントランス口にあり、リハビリ、展示スペース、セミナーや就業支援を行うホールを兼ねた空間だが、眼科を訪れる患者さんやそのご家族だけでなく、見えない・見えにくいことで困っている人、一般市民の方、企業の方、医療、福祉、教育など様々な専門分野の方が集うことができる場所だ。したがって当事者や支援者はもちろん、視覚障害に関心がない人を含むすべての人を対象に医療、福祉、教育、就労、趣味、生活などすべての情報が境界なく存在しており、分野や業界を超えて必要な情報へアクセスできる気づきと学びの場で、目的の異なる5つのエリアで最新福祉機器などを直接手にとって体験できる。
 また、全てのエリアに段差があり、踏み心地の異なる床材や色調を用いることで感情にあわせて居心地のいい場所を自分なりに選択できるように工夫してある。
 5つのエリアは、
 1. 情報に出会う場である「リーディングエリア」は、必要な情報を探す、気づきの書籍に出会える空間。
 2. 癒される場である「リラクゼーションエリア」は、自然音に包まれてただ心を癒す無目的で寛容な空間。
 3. 気づきと学びの場である「キッチンエリア」は、巨大なオープンキッチンで行われる多彩なワークショップで様々な学びと気づきの化学反応が起こる空間。
 4. 体が動き、心が躍る場である「アクティブエリア」は、実際に体を動かすことで意欲を強化する体感の空間。
 5. 失敗に学ぶ場である「シミュレーションエリア」は、学校や職場を想定した実際の生活環境で様々なグッズ等を使用し、成長する実践の空間。
 中でも目を引いたのは、アクティブエリアで、ここはNPO法人モンキーマジック監修のもと、音や光の導きにより、誰もが登れるクライミング「みちびクライミング」が体験できる。
 同パークには「情報コンシェルジュ」が常駐し、見え方に対するサポートや情報提供を行ったり、視覚障害者団体が定期的に相談会や様々なイベントも実施している。(『日盲社協通信』編集部)

    点字出版部会職員研修会 in オリセン
    点字出版部会副部会長 福山博
 11月30日(木)・12月1日(金)、国立オリンピック記念青少年総合センター(オリセン)で点字出版部会職員研修会が開かれ、初日77人、二日目67人が参加した。
 講演の一番手は、自動点字製版機「ブレイルシャトル」の製造元である(株)小林鉄工所小林博紀(ひろのり)代表取締役で、同社の沿革からブレイルシャトルの開発経緯やWindows対応型へのバージョンアップ、互換性についての他、質疑応答では、修理依頼に関する突っ込んだ議論も行われた。
 次いで、日本ライトハウス点字情報技術センター金子研一主任による(株)仲村点字器製作所製点字自動製版機「ZPメーカー保守・整備上の課題と対策及びWinBred10の開発と普及」で、これまで同氏が経験した同点字製版機のトラブルと対処法が語られた。仲村点字器製作所は事業縮小で修理依頼に対応してもらいにくくなっていたため、ZPメーカーを使っている施設はメモを取りながら真剣に受講していた。
 初日の最後は京都ライトハウス情報製作センター渡辺昭一所長、日本ライトハウス点字情報技術センター福井哲也所長、東京点字出版所白井康晴の三氏による「日本点字表記法改定案の論点」と題する講演。日本点字委員会は2018年に、日本点字表記法を改定する計画を進めており、三氏はその改訂案を具体例を交えて解説した。
 二日目は筆者による「PUMAの導入と課題及び印刷機の保守・整備」と題した話からで、小林・仲村製以外の選択肢としてドイツ製の自動製版機も考えられるが、点字印刷機とセットで使う必要があり高価で、なにより規格がEU仕様なので点字印刷物の入札に適合しない問題を指摘した。
 独自に自動製版機の開発を試みている雑草の会の高安弘明氏は、「試作二号機まで作ったが、自分たちが開発中の製版機は未だ実用には至っていない。今は試作三号機に取り組んでいる」と苦心談を述べた。
 金子研一主任による「点字自動製版機新開発の動向と展望」では、「名古屋にある点字銘板製作会社で独自で点字を刻印する機械を試作して実用化している」と述べ、「このままでは使えないが、今後製版機を更新する際の新たな選択肢になるかも知れない」と期待感を語った。
 最後に日本点字図書館図書製作部長和田勉氏による「点字サインに関するJIS改正のポイント」と題して、「日本が提案した点字規格が国際規格になったので、国際規格との齟齬をなくすために点字JISが改正されることになったことを、JIS改正の経緯から説き起こし、点字寸法の仕様がやや緩和されたこと、点字の配置やマス数の構成などが厳しくなったことなどを解説した。

    <訃報>
    木塚(きづか)泰弘(やすひろ)氏を偲んで
    日本点字委員会副会長 金子昭
 私が木塚泰弘氏に初めてお会いしたのは1973(昭48)年のことであった。神奈川県立平塚盲学校から派遣された研修生として、横須賀市野比にある国立特殊教育総合研究所(現・国立特別支援教育総合研究所)で木塚研究員から指導を受けていた。
 内容は視覚障害教育全般にわたっていたが、その中に点字の講義もあり、ブライユ点字配列表の成り立ち、石川倉次氏の功績、日本点字委員会(日点委)成立の経緯とその働きなどを教わった。前年に都立久我山盲学校から研究所に異動して間もない、少壮気鋭の研究者であった。
 その研修が機縁で、私を文部省(当時)の盲学校中学部点字教科書編集委員や日点委の事務局員に推薦してくださった。ここでの学びが、今日の私の基礎をつくっているといっても過言ではない。
 木塚氏の数ある業績の中で、日点委の創設に大きくかかわったことは、忘れてはならないであろう。当時、点字の研究団体としては、1955(昭30)年創立の日本点字研究会(日点研)があった。しかしこれは、盲学校中心の活動であったため、表記の統一については不十分だと考えられるようになり、点字出版所や点字図書館など、すべての点字関係者を網羅した組織が求められるようになった。バラバラにやっていてはいけないことが、ようやく日本の点字関係者の声となってきたのである。
 当時の日点研会長・鳥居篤治郎氏からの依頼もあり、木塚氏は組織づくりを開始した。「福祉は出てくれるのかなあ」という鳥居氏の心配もあったという。
 木塚氏は全日盲研事務局長・附属盲学校の清水(しみず)友次郎(ともじろう)氏、日本点字図書館の本間(ほんま)一夫(かずお)・下澤(しもざわ)仁(まさし)両氏、東京点字出版所肥後(ひご)基一(きいち)氏、大阪府立盲学校の本間(ほんま)伊三郎(いさぶろう)教頭らに依頼して委員を内定してもらい、1966(昭和41)年7月、日点研の解散と日点委の発足が承認された。そうした木塚氏の生みの親の努力により、今日の日点委は産声をあげたのである。
 私たちは斯界の先達を一人失った。氏の遺産を私たちがどのように育てていくのか、天国から見守っておられることだろう。

    木塚泰弘先生のご逝去を悼む
    元日本ライトハウス常務理事 加藤俊和
 日本点字委員会会長で幅広い分野で活躍されておられた木塚泰弘先生が、慢性心不全で2月9日にお亡くなりになられました。享年82歳でした。
 昨年末に倒れられて入院されたとはいえお元気なご様子と伺っていましたのに突然のことでした。
 言うまでもありませんが日本の点字のまとめ役として活躍してこられたのが木塚先生でした。
 戦後の点字表記は、日本盲人会連合の2代目会長で日本盲人福祉委員会の生みの親でもあった鳥居篤治郎先生(1894~1970)が中心になって、1955年の全国盲学校教育研究会下関大会において発足した日本点字研究会が担っていました。
 その視覚障害教育分野に、点字出版所や点字図書館といった視覚障害福祉分野を加えて日本全体の点字表記へとまとめていく中心になって動かれていたのが、若き木塚先生でした。そして1966年に日本点字委員会が発足し、日盲社協からも委員が選出されたのでした。その後の日本の点字表記はまさに木塚泰弘先生が中心となって、日本点字表記法の原案を作成され、幅広い意見の反映によってまとめられていきました。
 木塚先生は都立久我山盲学校(現・都立久我山青光学園)の教諭から、1972年に発足間もない国立特殊教育総合研究所(特総研)に移られました。そのときに「養護・訓練」を実質的に主導されて盲教育の重要な内容となっていったことは非常に大きなことだったと思います。ある企業の研究員だった私は、この頃からよく特総研におじゃまし、親しくさせていただきました。
 特総研で取り組まれていた中でも空間概念と触覚の研究は、歩行指導や触図・触地図へとつながり、日盲社協点字出版部会編の『歩行用触地図製作ハンドブック』の大きな支えにもなりました。
 また、木塚先生と言えば長い直杖で有名で、通常の2点歩行とは異なっていましたが、視覚障害者の白杖歩行についての深い研究でも大きな貢献をされてこられていました。一方で木塚先生は、共用品推進機構などユニバーサルデザインの分野でも長く活躍されてこられ、いろいろな機器や用具の開発にも大きな影響力を発揮されてこられました。
 私は、1997年からは木塚先生に日本ライトハウスにとお願いし、2年後に正式に理事長としてご就任いただいてから14年もの間、日本の障害者福祉施策が大きく変化する大変な期間に、視覚障害者の福祉の世界で幅広すぎる見識を発揮されて大きな貢献をされてこられました。
 私は、いろいろな所でお会いしては用事が済むとよくお酒のおつきあいをさせていただき、本当に幅広い様々なお話をさせていただきましたが、もう先生のお声を聞けなくなってしまいました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

    東京の方も、他県の方も春のスタート・ダッシュは日盲社協レッツゴー事業所から
    日盲社協レッツゴー事業所施設長 菅原俊信
 「東京都内を散歩すると意外なことがわかって面白い」、こんなことを言うと皆さんから、「散歩は暇な人がぶらぶら歩くことでしょう?」、「散歩できるような環境が近くに無いのでほとんど歩かないね!」とか、「東京に一度は行ってみたいと思いつつ不安で出かけられない」、「東京のホテルに一人で宿泊って息苦しい」、「知らない所で夕食を一人で食べるのは悲しいね」との反応がありますが、ご安心ください。
 レッツゴー事業所のスタッフは、会議やイベント会場へのスムーズなご案内ばかりか、季節に応じた散歩や買い物のお供もうけたまわります。もちろん夕食も下町のもんじゃ焼きから浅草ラーメンの名店までご一緒しますから安心です。
 レッツゴー事業所では毎朝情報交換をして、皆さまのご要望の共有に努めています。
 たとえば、「店頭横に雨傘とレインコート姿のマネキンが自転車に乗っていて、それが雨の日だったので勘違いして大笑い。利用者に触ってもらっていたら、店主が出てきて傘の作り方をしゃべりだした」。
 「勲章・褒章授与式では、受賞者に宮内庁職員のモーニングのボタンを触らせていただき、宮内庁の方もにこにこしながら説明をしてくださり、なごやかで印象の残る晴れ舞台になった」など。また、利用者の方もいろいろな方がいらっしゃいますから悩みも多くあります。しかし、再び依頼されて感じることは、今度はこうして差し上げようとの強い思いです。
 同行援護は、利用者と同行援護事業者が契約を締結してからご利用いただけます。契約書に署名・押印されたら受給者手帳(地域によって受給者証名は異なります)をレッツゴー事業所へお送りください。折り返し、契約時間数を記入して書留郵便で送付します。利用当日は印鑑をご持参ください(サービス提供実績記録票に終了時間を記入し、押印をいただきます)。
 当事業所ではご利用いただく方の情報支援をしながら「安全」「安心」「楽しく」をモットーに展開しています。
 東京都内はもちろん、他道府県から都内に観光・会議・同窓会等でお出かけになる際にもご利用いただけます。お問い合わせやご質問は、下記電話までお気軽にどうぞ。
 日盲社協レッツゴー事業所
 TEL:03-6240-1714
 http://www.lets-go.or.jp

    「言う吉くん」Walletを通してCSR活動を開始
    ―― システムイオ ――
    株式会社システムイオ 清水康弘
 このたび株式会社システムイオの100%出資会社であるMITホールディングス株式会社(代表取締役社長鈴木浩)は、CSR(企業の社会貢献)活動の一環として、平成30年1月11日、東京・日野市にある東京光の家(田中亮治理事長)に、鍼灸マッサージホーム事業で活用していただけるよう、紙幣識別機「言う吉くん」Walletを4台寄付しました。
 MITホールディングス株式会社は、東日本地域で主にシステムインテグレート(企業の情報システムの構築を請け負うITサービス)を行う株式会社システムイオ、西日本地域で主にシステムインテグレートを行う株式会社ネットバリュー、業界にとらわれないメーカー系ITサービスを行う株式会社ビーガル、それにミャンマーを拠点に海外展開を行うVision Links Myanmarの持ち株会社です。
 (株)システムイオは、紙幣識別機「言う吉くん」Walletの開発・製造がきっかけとなり視覚障害者福祉事業に新規参入。平成28年の発売開始に伴い荒川明宏用具部会長からのご案内により日本盲人社会福祉施設協議会の盲人用具部会に入会しました。入会後、盲人用具部会の活動の一環として全国各地で行われる日常生活用具福祉機器等の展示会に出展し普及活動を行っています。そのほか普及活動の一環として、視覚障害者福祉団体等が発行する各種機関誌への協賛や、募金活動への参加も積極的に行っています。
 その一方で、協会の会合やセミナーの参加を通じて自立支援施設にも目を向けることの必要性を強く受け止め、施設の支援にお役に立てられることはないかと思案し取扱機器の寄付にいたりました。
 今後「出来ることは!」を理念に、株式会社システムイオを通じてMITホールディングスグループでは視覚障害者の自立支援施設に向けたCSR活動を積極的に行ってまいります。

    一般校で学ぶ盲児たちは今!
    京都ライトハウス情報ステーション 野々村好三
 私は盲学校で学んできた全盲の者です。一般校で学んでいる視覚障害児との接触もしばしばありますので、今回、その様子をご紹介します。
 点字を使用する子どもが一般校に学び始めた歴史は1975年にさかのぼります。当初は点字教科書が学校側で準備されなかったり、親の付き添いが求められたりする状況もありましたが、その後改善され、2004年度以後は、小中学校で使用する点字・拡大文字の教科書が国の予算で無償給与されるようになりました。高校の教科書の保障に関しては今でも都道府県により大きな格差があるようです(平成28年、教点連調査)。
 では、どれくらいの視覚障害児が一般校に学んでいるのでしょうか。平成28年度には小・中学校に、盲学校入学相当の視覚障害のある子どもが350名学んでいます(文部科学省調べ)。他方、全国盲学校長会によれば、平成29年度に盲学校(視覚特別支援学校)の小学部、中学部で学んでいる子どもは1,000名余りです。
 一般校を選ぶ理由として大きいのは、「今住んでいる地域で、他の子どもたちと一緒に大きくなり、色々な経験をしたい(させたい)」という親子の思いだと思います。点字は、小学校入学前に盲学校幼稚部や視覚支援施設で学ぶ場合もありますが、入学後に学校で学ぶこともあります。また、入学時に墨字を使っていた子どもであっても、視力低下により点字が必要になることもあります。歩行訓練については、盲学校や視覚リハ施設の協力が不可欠です。
 授業に関しては、大半を他の子どもと一緒に受けるケースや、個別指導が比較的多いケースが見られます。板書は担任の先生が説明することもあれば、補助の先生が読むこともあります。また、ロービジョンの子は黒板の字を見るのみならず観察・実験の際にもiPadを活用したりもしています。
 国語の授業で他の子たちの沢山の意見に触れることもありますし、運動会などの進め方については子どもたちが主体となりクラス全体で話し合う場面も見られます。「視覚障害児がクラスの中にいることが、周りの子たちにもプラスになっている」とは、一般校で学んできた山本宗平氏(現在・大阪府立高校教諭)が語る実感です。
 ところで、親子を取り巻く様々な問題は待ったなしです。視覚障害児が入学する学校の先生が点字を習いたい、子供が今こんな本をほしがっている、点訳ボランティアを紹介してほしい、行動範囲を広げるための歩行訓練が必要等です。
 一度しかない子どもたちの「今」が輝かしいものとなるよう、点字図書館や出版施設、視覚リハ施設が連携しながら支援していきたいものです。なお、点字教科書について詳しくは「全国視覚障害児童・生徒用教科書点訳連絡会」(略称:教点連、事務局:日本点字図書館)にお問い合わせください。

    マラケシュ条約と読書バリアフリー
    筑波大学附属視覚特別支援学校教諭 宇野和博
 2013年に国連の機関で採択されたマラケシュ条約が日本でも承認されつつある。条約の目的は、視覚障害者や発達障害者、寝たきりや上肢障害者等の読書環境を整えることである。具体的には、各国の著作権法で著作権を制限することや障害者が利用可能な図書データの国境を越えたやり取りを求めている。
 日本政府は、今国会で著作権法を改正し、その後条約の承認を予定している。法改正が実現すれば、寝たきりや上肢障害者等が視覚障害者と同じように著作権法37条で権利制限の対象者となる。また、図書館などがメールで視覚障害者等に情報を発信するなどの公衆送信もできるようになる。さらに政令改正でボランティア団体や障害者団体も著作権者の許諾を得なくても音訳や拡大写本等に取り掛かれるようになる。
 一方、日盲連、DPI(障害者インターナショナル)、全国盲ろう者協会、弱問研の4団体はこのタイミングで障害者の読書環境を総合的に整備するための「読書バリアフリー法」の制定を求めている。確かに著作権がフリーになったとしても本は読書障害者にとってただの紙の束に過ぎず、だれかにニーズに応じて点字や拡大、音声、電子データに変換してもらわなければならない。条約全文にも「多くの加盟国が視覚障害者その他の印刷物の判読に障害のある者のために自国の著作権法において制限及び例外を定めているが、これらの者にとって利用しやすい様式の複製物の形態で利用可能な著作物が引き続き不足していること、これらの者のために著作物を利用しやすいものとする当該加盟国の努力に相当の資源が必要とされること」とある。また、世界盲人連合の推計によると、点字・録音・電子書籍・拡大文字等、印刷物利用に障害のある人が利用できる形式になっている出版物は、途上国で1%以下、先進国でも7%である。この状態は、「本の飢餓」という言葉にも例えられている。
 では今日、私たちが読書バリアフリー法により解決してほしい課題は何か。それは、障害のない人と同じように「買う自由」と「借りる権利」を確立することである。出版社が本を発売する際に点字や拡大、音声を発売するのは難しいとしても障害者が利用可能な電子データを販売することは可能な時代になってきている。また、現在受け皿のない上肢障害者等の読書を保障するために公共図書館や学校図書館、大学図書館の障害者サービスの充実も急務である。それを支えるのはサピエと国会図書館のデータベースだが、国会図書館からサピエのデータはダウンロードできないとか、サピエがテキストデータを取り扱っていない等の課題もある。今後、障害者のための電子図書館はどうあるべきか、障害当事者の視点で建設的な議論を期待したい。

    日盲社協事務局だより
    退会
<自立支援施設部会>30年3月末退会
みのり聖光園(旧・広島聖光学園)
施設長等変更
<点字出版部会>
ぶどうの木ロゴス点字図書館点字出版部
新館長 西田(にしだ)友和(ともかず)
<情報サービス部会>
ぶどうの木 ロゴス点字図書館
新館長 西田(にしだ)友和(ともかず)

    名称変更・住所変更等
<点字出版部会>
広島市視覚障害者福祉協会 点字製作部
新住所:〒732-0052広島市東区光町2-1-5
広島市心身障害者福祉センター4F
新TEL:082-264-4966
新FAX:082-567-4977
<情報サービス部会>
和歌山県点字図書館
新E-mail:wakaten@wakaten.jp
新URL:http://wakaten.jp/
<自立支援施設部会>
山口県盲人福祉協会鍼灸マッサージ治療所光明園 → 共同生活援助事業所光明園
<生活施設部会>
日本失明者協会ひとみ園訪問介護事業所
→ 日本失明者協会一般型特定施設養護盲老人ホームひとみ園入居者生活介護事業所
新住所:〒366-0811
埼玉県深谷市人見1665-3
新TEL:048-573-5222
新FAX:048-573-6633
E-mail:hitomien5222@yahoo.co.jp
日本失明者協会ケアホームむさし静光園
→(ケアホームが削除)→日本失明者協会むさし静光園

    編集後記
 本誌では、読者が煩わしくなるので原則として「社会福祉法人」を省略させていただいております。ご了承ください。
 4ページの<下関大会>の告知でフグに「ふく」とルビが振ってあるのは、下関では「福」にかけてフグをこう呼ぶためです。
 自立支援施設部会の平成29年度職員研修会、“医療と福祉の連携を更に進めよう!!”は、神戸アイセンターのビジョンパーク見学など、とてもタイムリーな素晴らしい企画でした。ただ、神戸アイセンターやビジョンパークが、まだ人口に膾炙しているとはいえないので、勝手ながら当編集部で、「『ビジョンパーク』ってどんなとこ?」を補足資料として掲載させていただきました。
 次号の『日盲社協通信』は平成30年11月に発行する予定です。(福山博)

    情報提供のお願い
 本誌に対する情報提供・要望・苦情・意見・感想は、日盲社協広報委員長福山博宛、メール(fukuyama@thka.jp)等でお送りください。お待ちしております。

    第13回 視覚障害者向け総合イベント
    ふれてみよう! 日常サポートから最先端テクノロジーまで
サイトワールド  2018
 サイトワールドは、最先端の技術・機器、日常用品、および、ユニバーサルデザイン(UD)製品等の展示会、講演会、学会発表、フォーラム、体験会等が催される、世界でも例を見ない視覚障害者のための総合イベントです。来場者一人ひとりが主役です。
 日時:平成30年(2018年)11月1日(木・日本点字の日)、2日(金)、3日(土・文化の日)午前10時~午後5時(11月3日は午後4時まで)
 会場:すみだ産業会館サンライズホール(JR・地下鉄半蔵門線 錦糸町駅前 丸井錦糸町店8・9階)東京都墨田区江東橋 3-9-10 墨田区丸井共同開発ビル
 主催 サイトワールド実行委員会 〒169-0075 東京都新宿区高田馬場1-29-7-401 (株)ラビット内 TEL:03-5292-5644  FAX:03-5292-5645 E-mail:sightworld-bj@gmail.com

    日盲社協レッツゴー事業所 TEL:03-6240-1714 http://www.lets-go.or.jp
2014年に改修工事が始まった首都の玄関口東京駅が、1月7日に見違えるようにすっきりと新たにオープンしました。駅舎を正面に整備された丸の内駅前広場は御影石で舗装され、両側には欅が植えられています。総面積は約24,000平方メートル。約6,500平方メートルの歩行者広場を直進すれば皇居につながる遊歩道となっています。新任の外国大使が天皇陛下に挨拶する「信任(しんにん)捧呈(ほうてい)式(しき)」には、送迎する馬車列が見られるそうです。地下中央口(改札口を背にして左側)から南口にかけては、魅力ある店舗が並んでいます。時間をいただければご案内できます。また、南側の地下は修学旅行の集合場所となっていて、東京での最後のお土産を買い求める学生さんが行き交っています。その横は1931年に竣工した旧東京中央郵便局の局舎を一部 保存・再生した部分と新たに建築された部分をつないで、日本郵政が初めて展開する商業施設KITTE(キッテ)ビルにつながっています。

    アイサポートならレッツゴーのレッツ・エンジョイTOKYO
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    本誌は、東京都民共済生活協同組合の助成により作成したものです。

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